コロナ諸問題は世界各国で危機的現象を表面化させています。コロナ津波です。
仕事だけでなく家族までも失う人がいます。こんな折、出くわした人物がありました。
その日は土曜日の午前中でした。買い物から徒歩で帰宅する道すがら、アーケードを足早に通り過ぎようとした時のことです。
そこはアムステルダム中央駅近隣の、旅行者が立ち止まっては写真を撮るような人気の小スポットです。
２件の店の間に挟まれた数十メートルほどの短かいアーケード。そのギャラリーを飾る模様や一風変わった彩色が目を引くのでしょう。
しかしコロナが起きてから街はどこもここも人影まばらで様相がすっかり変わってしまいました。
旅行者の洪水に悩まされてきた中心街の住民にとっては奇跡的に取り戻した静寂ですが、これをただ喜んでばかりもいられません。
路上の人。
小銭を恵み落とす通行人に寂しそうな笑みを返してくる人の姿がかえって際立つのもこんなときです。
オランダの社会福祉システムがどんなに充実していても、様々な理由で落ちこぼれる人々がいます。
それらの人々を救済するために町を巡回し行き届いたシステムをオランダ政府は確立して、食べ物と寝場所が彼らに確保されると聞きます。
アーケードの一隅にはひとりの若者がリュックにもたれかかって眠っていました。
少し離れて、反対側の出口近くにはもうひとりの男性。ものごしからみると新米流浪者のようでした。
石の地べたに座りこみ、距離を縮めてくる私を強い視線で一瞬仰ぎ見ましたが目を合わせようとはしませんでした。
はっとしたのは私だけでなく向こうも同じだったでしょうか。歳の頃45歳前後。
「もしもし、あなたは日本の方ですか」、
どうしてわたしはこのように言葉をかけられなかったのか。彼の膝の前には紙コップがひとつ、コーヒーのような飲み物が入っていたのを見届けただけで通り過ぎてしまったのです。
数日経って同じアムステルダムに住む娘に電話してみれば、なんと彼女も見かけたという。
「日本人だと思う」。
彼女からきく彼の容姿はその人物ととてもよく似ていました。たったひとりポツンとベンチに腰掛けて荷物らしいものを一つも持っていなかった。
旅行者にはみえず、少し汚れた感じがとても気になったのだそうです。
「あなたは日本人ですか」と尋ねればよかった、気になっていたという娘の話を聞いて、なんとだらしない似た者親子かと失笑せざるおえません。
また遭遇するようなことがあれば今度こそぜひ声をかけようと誓いあったものです。
この御方、コロナ苦境に見舞われたオランダ在留邦人のひとりだったのか？
それとも、どこからかオランダにやってきて、流浪者生活の醍醐味（？）を味わうチャレンジャーだったのか？
醍醐味とは奇妙に響きますが、自身の経験を思い出したからです。
スイスの音楽院で学生時代に好んで貧困生活の経験をしました。流浪の体験はありません。
日本を発って留学1年後、東京に住む親（母）と国際電話で大喧嘩。仕送りを断る娘に親は怒り狂い、「食べられなくなったらどうする気だ」と迫ってきました。
が、どっこい、そうと決めたら動かない。人は苦境で何を考え、どう行動するか知りたく、なまいきにもこれが音楽演奏の表現の理解に繋がる確信がありました。
もちろん現実は厳しく窮したのは当然の成り行きです。
その挙句、事もあろうか音楽院教授のわが恩師に借金の相談をする、こんな破廉恥な学生は後にも先にも私だけでした。
今は亡き恩師ですが、ビジネスに長けた性格をなにやかやと影で囁かれ、その方面では話のネタに欠かない方でした。
レッスンの終わった後、恩師は楽器を片手にもじもじしている私の顔をじっと覗き込むと、何も言わずに財布から抜き出した数枚の百フラン札をすっと私に託したのです。
断られると思っていたわたしは恩師を前にぼろぼろと涙してしまった、等。
奮起し、アルバイトの稼ぎで早速借金返済。信用も得ることができました。恩師から学んだ多くは今も懐かしい思い出です。
話戻してこの男性。わたしのようなタイプかどうかは知りようもないところですが、場合によっては、この方へ、即急に周囲の温かい支援が必要かもしれません。
皆様におかれましては、心こもったクリスマスをお迎えください。
2020年12月 高橋眞知子
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