オランダ王室ご一家について、オランダに於ける王室報道を振返り、その変遷とご様子、社会情勢を綴っています。今回はマキシマ妃に因んだものです。
3. アルゼンチンへの公式訪問(2006年4月)
ベアトリックス女王、ウィレム・アレキサンダー王子、マキシマ妃、ボット外務大臣は、2006年3月末から4月始めにかけてアルゼンチンへ公式訪問を行いました。
アルゼンチンはマキシマ妃の母国であり、妃の父親ゾレグエッタ氏(Jorge Zorreguieta)は1976年〜1983年のヴィデラ(Videla)政権体制時に農業副大臣を務めていました。
アルゼンチン主催の国賓晩餐会のスピーチで、ベアトリックス女王は「軍事独裁政権下での出来事はアルゼンチンに於ける暗いページであり、当時のオランダ国民に強い印象を与えた。
アルゼンチンはこの事を認識しており勇気を持って此れ迄良く対処し処理をされて来た」という趣旨を語り、別の機会にマキシマ妃については溺誇(愛)していると述べています。
女王のアルゼンチン滞在中の出来事として、王宮のデーターがインターネット上に流れる事件がありました。
コンピュータPNPネットワークの音楽交換プログラムLime Wireに王室の資料が職員の手違いにより流出、その後にオランダTilburg市の学生によってファイルに納められ、学生から連絡を受けた日刊紙は、防衛省からデリケートな資料としての可能性を含むドキュメント詳細については公表をしないように依頼を受けました。
防衛大臣Kamp氏は事態を真剣に受け止め調査を開始、流出資料の中には例えば、2005年10月7日付でベルギー王室のプリンス・エマニュエル Emmanuel誕生祝宴に際し、アルベルト王子とマチルダ妃に宛てた女王の儀礼書簡、ウィレム アレキサンダー王子を含む王室メンバーの全住所録や誕生日リスト、他の外国王家のデーター、海兵隊内の通話報告、スピーチ録、国家広報機関への書簡、ブッシュ大統領来蘭時の安全保護関連書簡、また防衛を背景とする情報からは流出経路が防衛局関係者である可能性が考えられる旨の報道もありました。
国家機密に相当する情報・資料を外部からの通信でアクセス可能なコンピュータプログラムへ保管する事の危険性と不注意、アマチュア的対応傾向が今後指摘されてゆくべきで、インターネットという近代文明の危険性を改めて知らされる出来事でした。
防衛省によると、資料の外部漏洩は、一年前の同種の交換プログラムによる漏洩事件と類似しているとしています。先回の事件では、憲兵隊(王立保安隊)による捜査の過程で、人身密輸を摘発、容疑者グループの全電話番号、完全な通話盗聴の報告等の成果も生み出しています。
オランダのメディアはこれまでも王室報道に限らず、かなりデリケートな情報やニュースを状況に応じて報道、公表(第二次世界大戦初期の対ドイツ関連報道など有名)してきました。
この姿勢や報道関係者の特質は今も良く知られているところです。
オランダ人は、昔の衝撃的な体験や出来事を過去のものとして決して忘れ去る事のない国民性がり、これに起因するところがあるのかもしれません。
マキシマ王妃の父君ゾレグエッタ氏とオランダ王室については次回にもう少し触れてみます。
(続く)
A子
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